ホテルの目の前にある美迪亞という店でツナ卵トーストと紅茶豆乳を買い部屋で食べてから出発した
今日は恒春という街を通って台湾の南端まで行き台東へ向かった
端っこ制覇にそこまで興味はないけれど ここを走らないとかなりのショートカットになり一周ではなくなる気がしていた
最南端を通過して台東へ北上するのだけど
ナビは来た道を戻り9号線で東へ横断して進むルートを案内してきた
地図には最南端から東側を北上する道があるのにそっちを案内しないのでナビを無視して北上するルートを進むことにした
東海岸へ向かう少し手前 199甲を走っていると数台のバイクが看板の前で集まっていた
代替路線の文字 日本人ならこの先通行止めがあることは察しがつく
僕もバイクを停め規制地図を見ると 今から通る予定の道が通行止めだと書いてあった
時間規制の文字は見当たらないのでおそらく終日規制 今からかなりの距離を迂回するのはキツすぎる
再び西側まで戻る迂回ルート 迷った結果さっき看板を見ていた人達が行ったので僕も行くことにした
すると工事中ではあったが通行止めにはなっておらずバイク乗りの勘は当たった
きっと工事の邪魔になるからなるべく迂回させたかったのだろう
東側へ抜け9号線を北上する
右手には海 左手には山 普段見ている伊勢湾よりもはるかに青く 雲は空の青を背景にくっきりと映える
台北から台中そして高雄まではビルが立ち並び都会だったが台東には見られない
もしかすると台湾の中央にそびえる中央山脈が大昔から東西の往来を制限しているからなのではと勝手に仮説を立てていた
16時過ぎに台東の市街地から少し離れた宿に到着した 玄関前に台湾人女性がいて彼女もこれからチェックインするという
どうやら電話をするとオーナーが宿に来てチェックインをするというやり方で 10分ほどで来ると教えてくれた
もし彼女がいなかったらどうしていいかわからず待ちぼうけになってただろう
その後オーナーのおばさんが到着しチェックインとなったがアゴダで決済したものだと思っていたら現地払いになっていた
手持ちが足りず近くのコンビニへバイクを走らせた
宿の階段にはラスカルのぬいぐるみがあった
荷物を下ろし説明を聞き終えると オーナーはまたどこかへと出掛けて行った
その直後に玄関をノックする音がして ドアを開けると男性がチェックインしたいと言う
電話でオーナーを呼ぶ必要があると伝えると 困惑した様子 僕と同じく知らずにきた人だった
すると彼が日本人ですか と中国語訛りで聞いてきたので はいそうですと答えたら 彼は日本に住んでいると言った
18歳で技能実習生として日本で3年勤め その後上海の日系企業で2年勤めた後に再び日本の大学へ編入し現在は筑波大学の院生をしている
さすが国語を専攻しているだけあり難しい言葉も話すし日本の政治のことだってよく知ってる
僕は技能実習生のことや中国政府のこと 反日についても質問しまくった
僕は韓国と中国にはこっち向くなあっちいけという考えなので個々の人がどうであろうと関わらない方がいいとさえ思っていた
ただ彼と話していてその考えはだいぶ崩れ始めていた
ようは何が正しいのかを決めるのにメディアだけから情報を得てはいけないということ
彼は中国人で反日感情を持ってる人は多くないと言っていた ただ建前上仕方なくそうせざるを得ない環境があるらしい
政府のさじ加減で国民をコントロールしているのは日本も同じで 言論の自由 その有無だけが日本と中国の違い
国民の力で政治が変えられないのは日本も中国も一緒だと言った
結局2時間近く彼と話をしていた まだ話し足りないとさえ思っていたが 台東の街へ買い物に行く時間が迫っていると僕が言うと
話しすぎてすみません すぐ行ってくださいと慌てて送り出してくれた
去り際彼が僕に言った やっぱり日本人は人に気を使いすぎる 話の途中でも切り上げて行けばいいのに それがとても印象的だった
外へ出ると路面が濡れていたので明日からの雨が心配にっなった
台東の街は都会ではないがかなりの人で賑わっていた
帆布鞄の店を見つけ自分用のランチバッグを買うことにした
店のお爺さんはミシンを動かす手を止め接客をしてくれ僕が品を決め支払いをすると ありがとうと流暢な日本語で言った
世代的に日本統治時代に覚えたのかもしれない
街中で晩ごはんを探すことにした
阿咪米苔目で米苔目に油豆腐トッピング
寶桑豆花でピーナッツと緑豆の豆花
お腹いっぱいで宿へ戻る途中で道を封鎖して夜のマラソン大会をやっていた
宿泊客の台湾人おばさんに聞いたらアイアンマンレースだとわかった
ドミトリーのテレビは峮峮のチームが試合をしていた
まったく野球に興味はないが峮峮は気になる
僕は仲良くなった中国人と話の続きをしてから明日の予定を話して床につくことにした
